〜社寺建築☆美の追求〜 大岡實の設計手法  大岡實建築研究所
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清水寺(せいすいじ)本堂(長野県長野市松代町)
清水寺国宝保存会発行清水寺案内の中の「清水寺安置仏殿の解説」によると建設の経緯が次のように書かれている。
「当山安置の重要文化財三体(千手観音、聖観音、地蔵菩薩)は昭和十二年国宝に指定を受けたものであるが、これらの尊像を安置する堂宇は、江戸時代享保年間(十八世紀初)に建てられた、仮堂のままにしてその荒廃甚だしく、関係者の間に安置仏殿建立の議がしばしば起こったが、資金不足のため実現をみるに至らなかった。」
その後、文部省文化財保護委員会においても、保存施設建設の重要性を認められ、国庫より補助金を交付され、浄財の寄進等により漸く建設の運びとなる。
「昭和二十七年、長野県教育委員会内に特別に清水寺保存施設建設委員会が設けられ、斯界の権威工学博士大岡実氏(元文化財保護委員会建造物課長、現横浜国立大学教授)に設計監督を委嘱し、総工費四百万円をもって、鉄筋コンクリート造、平安朝様式の堂宇(建坪二十坪)の建立を計画し、昭和二十七年十月、東京都日辰建設の施工によって着工し、翌二十八年六月竣工をみたものである。」
また、同じく「清水寺諸仏の解説」では前奈良国立博物館長の倉田文作氏がその解説文を書いている。
清水寺の現住職の話では、倉田文作氏は若き日に上田市に居住していたという縁があり、また文化庁文化財保護部調査官や文化財保護審議会専門委員なども歴任していることから大岡實との知己もあり、大岡實がこの設計をすることになったようだという。
また、文中にある安置仏殿がこの本堂であり、もともと収蔵庫としての役割として建立されたようである。(実際に現地を訪れてみると宝物殿(収蔵庫)の機能として活用されていた)

なお、倉田文作氏については下記ホームページを参照のこと。

http://museum.umic.jp/jinbutu/data/043.html

東日本最古の木造仏三体(平安時代初期/重要文化財)他の収蔵庫としての役目で建立されたという
(収蔵庫としては戦後初めてのものという)

正面に千手観音立像(重要文化財)が見える

田島美穂氏が助手を務めた最後の作品となった

平面図

屋根は元々、本瓦葺きであったが大棟(おおむね)を除いて銅板に葺き替えられている

正面立面図

断面図

垂木は省略され板軒(いたのき)形式となっている

大斗(だいと)斗繰(とぐ)りが柱を欠損しないために柱幅と同じであるにも関わらず、大斗の下に皿斗(さらと)を設けて、違和感の無いように納めている

年月 西歴 工事名 所在地 工事期間 助手 構造設計 施工 構造種別
昭和27.12 1952 清水寺本堂 長野県長野市松代町 昭和27.12〜28.06 田島美穂・松浦弘二 小野薫 日辰建設 RC造
     

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参考ホームページ
http://www.seisuiji.jp/site/index.html
ここに建設中の一枚の写真が残っている。
今も山深い里でしっかりと文化財を覆う清水寺本堂である。
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